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When it’s ready.

出来るまで出来ない

スクロールは妥協の産物。なぜ紙のほうが優れているのか

久しぶりに、ヒットしたネタがあった。

どうして紙にプリントアウトした方が圧倒的に間違いに気付きやすいのか
http://togetter.com/li/266733

PCのスピードが上がり、モニターの解像度が上がり、OSの操作もどんどん慣れて行っているにもかかわらず、ある程度大量のデータを俯瞰したり凝視したりする作業は紙のほうが優れている。
togetterでは、いろんなアイデアは出ていても決定的なポイントは出ていない感じだったが、紙のほうが優れていると感じている人が大多数だった(定量評価してないというツッコミもあった)

検証してないし、定量化してないし、チラ裏レベルだけど自分では納得している理屈をいかにさらける。

情報がどこにあるかという盲点

情報っていうのは、情報自体と情報がどこにあるのかっていう状態が組み合わさっている。
カレー食べたという情報と、「どこで、いつ」という情報がセットになっているとか言うそういうレベルじゃなくて、「カレーを1週間前にすき家で食べた」という情報が、脳みその中にあるのか、日記帳の中にあるのかスマフォの中にあるのかという組み合わせのことである。

さらに、情報は情報として保管が効かない。文字化するか映像化するか音声化するしかない。(触覚、味覚というのもあるかもしれないがPC絡むので排除)まぁ、殆どの場合が視覚情報になっている。ここで盲点がある。視覚情報だから視覚による知覚の差異に目が言ってしまう。モニターと紙の違いを視覚の捉え方で考えてしまう。情報がどこにあるのかということを考慮しなくなる。

じゃあどこにあるの?

デスクトップ上にアイコンが何十個も何百個も並んでいたらジャンル分けしてても探すのが大変だし、ストレスを感じずには居られない。だけど、読みなれた本や辞書なんかで、目的のページを探すときってそんなにストレスを感じずに探せる。数十ページの本なんて少ない、大抵は数百ページもあるのに、アイコン探すのと比較してももっと楽に探し出せる。この差はどこから生まれるのか?

手を動かし、指で感触を確かめながら、前の方なのか後ろのほうなのか無意識に感じながらページを沢山進めたり、1ページずつめくったりしている。

頭の中にある、記憶の場所の構造が本や紙という物理的な構造を模していると考えている。しかも、本は勝手に動かないし、動いたら動いた挙動をしめす。例えば、ちょっとめくれば残りのページのほうが厚いままで、めくったページは薄い。そこから現在位置が前の方にあると考えなくてもわかる。指が、腕がそう教えてくれる。目に頼ってない。

一方モニターだとどうだろうか? スクロールするしか無い。ページめくりのエフェクトがあったとしてもあれは結局スクロールだ。今自分がどの辺に要るのか視覚以外でわかるだろうか?スクロールバーをみて初めて全体の大きさや自分の現在位置がわかる。視覚を使ってだ。指も腕もその間は休みまくってる。目のみに負荷がかかってる。

紙の物理特性と脳の現実把握能力

紙の文字が読みやすいとか、触れるとかそういう事がモニターより優れていることではない。
紙は手を動かして状態が物理的に変わり、そして、表示状態が変わる。しかもフィードバックがある。もし紙を何かの台車に乗せて、マウスで操作するようなマジックハンドをつけたらモニターと変わらないストレスフルなインターフェースになるだろう。フィードバックはとても重要なのだ。

人間の脳は、とんでもない時間をかけて視覚と運動の連携機能を発達させてきた。その歴史の中で人の人生1つ分にも満たないPCモニターの歴史で、人間の脳がモニターに最適化されるとは思えない。そもそも、スクロールという仕組みは、悪く言えば、モニターの静止画を出力する機能不足を補うものでしか無い。モニターの解像度不足や物理的特性を誤魔化すための妥協の産物。そうしないと使い物にならない。

一方紙は、静止画を表示する機能に関しては、問題ない解像度とコンパクトさ低コストを実現している。更にそれだけではなく、人間が実際に手で持ってページをめくったり、ポストイットのようにどこかの空間座標に固定することが出来る。場所が固定されていると人間は、物理的な場所と情報の場所をセットで覚える特性があるので、自席の卓上が多少散らかっていても、クリップ一つでさえすぐに取り出すことが出来たり、見てもないのに引出しの中からハサミを取り出したりする事ができる。他にも、キーホルダーがどこに行ったか忘れてしまっても、最後においた近辺の場所に近づくだけでなぜか、パッとどこに置いたのか思い出したりする経験は誰にでもあると思う。空間と記憶は密接な関係を持っている。

モニターが紙を超えるには?

コレをずっと考えている。モニターに足りないのは、情報がどこにあるのかを人間にフィードバックする事だと信じている。その為には、脳が情報をどのように扱っているかを考えていくしかなく、情報取り扱いに合わせたデバイスを考えるべきであって、紙と同じように作ってもしょうがない。

覗き窓のようなモニター(peepmonitor)の可能性を考えている。デスクトップPCのようにデスクに対して固定的なモニターでは使用できない。スマフォやiPadHMD、頑張ればノートPCのモニターは自由自在に場所も方向も変えることが出来る。この自由さを情報と位置情報の関連させてしまう。

peepmonitorの場所と方向に連動して情報の場所をバインド出来れば、かなりストレスは低下するような気がする。自分の体に対して右側にはこんな情報を置いてあって、左側にはこんな情報というような感じや、自宅やカフェや電車など場所によっても情報の整理のされ方が違う。UI的には、JMのような表示が好みだけども、あれは使いにくいだろうと思う。

hrefは脳的に理解しにくい

webは素晴らしい。検索するだけで次から次に芋づる式に様々な情報にアクセスできる。しかし、そんな飛び飛びの情報は、PCには管理しやすくても人間にとってはストレスそのもの。第一そんな状態になったのはここ数年の話で、表示のさせ方、記憶の仕方はまだまだ未発達。そのうち誰かが素晴らしい方法を編み出すだろうが、人は今のところ、紙のほうが情報を取得し整理するほうが得意なようだ。

早く誰かに紙を超えるHUIを創りだして欲しいし、何より自分で創り出したい。