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When it’s ready.

出来るまで出来ない

Netがツマラナイ

Firefoxが出てきたり、Twitterが出てきたりしたのはどれくらい前のなのか忘れたけど、そこを頂点に緩やかにNetが面白く感じられなくなってきた気がする。90年代後半に草の根とかNiftyとかやってた時は、情報の行って来いが大体1日かかっていた。一個のねたでも数日はいろいろと楽しめた気がする。複数人で1週間とかのスパンでおしゃべりしてた時代から、DiaryものやBlogが入ってきてちょっとした一方通行の情報伝播に変わってきた。時を同じくして検索エンジンの重要性が高まりYahooだのGoogleやその他大勢の検索エンジンがしのぎを削ってきた。その頃は、まとめサイトやWeb以外での情報の共有がそれほど活発ではない為、砂金を探すかのように大量の検索結果の中から面白いところを見つける作業を繰り返していた。その裏で、Niftyは2chと名前を変え(変えてない!)狭い範囲のコミュも拡大していった。物理的な接続環境の充実により、ネタの鮮度持続時間がドンドン短くなっていった。Newsもネット上で新聞と同程度以上取得できるようになり、情報の取得から熟成、廃棄までのスパンがますます短くなっていった。更に接続環境のみならず複数代の端末を個人が持つことが増えた事と(最近まったく聞かれなくなった)フォロクソミーというやつでSBMが勢力を伸ばし、DiggやらDelやらはてぶが発達した。(それまでは、20人程度のメッセでやり取りをするという手段はあったが)新しくSBMで非同期だが、大量のユーザーと情報共有を行える様になった。更にその情報はRSSやメールに乗ってあっという間に手元に届く様になった。もちろんTwitterで一報を知るという経路が、最近のメインなのは言うまでも無い。

モンゴルの人たちは、星空の美しさに感動しない。
なぜならば、生まれた時からまったく変わらない単なる夜の空だから

例え方が悪いが、昔はネタを味わう時間とネタを探している時間の割合敵に、ネタ少数の傾向にあったが、現在は、ネタはどこにでも転がっており。むしろ、手ものにあるすべてのネタを消費することはもはや不可能という状況になってきている。ネタのインフレーションが起きている。

そんなネタのひとつが5年前にでもあったらそれだけで、4杯はご飯がお代わり出来たかもしれない。

PS: もうひとつ、個人的にはオフが充実してきた事も、相対的にNetが物足りないと思わせる原因なのかもしれないと思う。10年前はOffってもっと一大イベントだった気がする。


まぁ、老化という気がしなくもないですが!!残念!

どわすれ

中国が開発した人型ロボットのサイトの名前なんていうっだっけ?

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